Pub Antiquarian 『新青年』研究会のブログ

『新青年』研究会の最新情報をお伝えするブログです。

12月18日(土)に、12月例会が専修大学神田校舎で開かれました。

発表は、 谷口基さんの「占領期雑誌資料に見るミステリ研究の可能性」と末國善己さん「山本周五郎の新発見資料について」でした。



・谷口基さん「占領期雑誌資料に見るミステリ研究の可能性」
戦時下には、欧米の探偵小説の入手・翻訳が不可能になったことと、「風俗壊乱」の要素を多分に含む国内探偵小説への内務省警補局による取り締まりが厳しくなったことから、いわゆるミステリージャンルはほぼ絶息状態にありました。
殊に探偵文壇の領袖・江戸川乱歩が「芋虫」事件を機に筆を折り、隠棲生活に入ったという事実が文壇全体に深甚なショックを与え、ほどなく作家と版元が息を揃えるように探偵小説を自粛した結果、探偵文壇は自壊しました。
旧体制による言論統制は敗戦後、GHQによって廃絶され、1946年から新旧の探偵小説が巷にあふれ出したため、〈敗戦によって探偵小説は復活した〉という通説が生まれます。しかし、占領軍民間検閲支隊は1945年9月13日から1948年7月26日までの約三年間にわたって出版物の検閲を行い、郵便網、新聞・演劇・放送網
から無線網にいたるまで監視の対象としていました。
この時期は、「探偵小説」が「推理小説」へと再編成されていく時期にも重なっています。ゆえに、主として愛好家や作家から注目され、渇望されたものは戦前のいわゆる本格探偵小説にあたる内容の新作と、欧米の新しい推理小説(翻訳)でした。この潮流はアメリカ民主主義への歓迎ムードとマッチしていまして、それは同時代マスコミの論調からもうかがうことが可能です。
しかし、GHQ指導下の出版状況の中で、戦前において等閑視されていた著作権・翻訳権の問題が浮上し、それは検閲に際しても厳重に指摘されています。また占領下日本にあっては書籍の輸入や翻訳・出版の交渉が不可能であったため、新作探偵小説の訳出・刊行・雑誌掲載が需要においつかないという事態も出来しています。このなかで、江戸川乱歩をはじめとした探偵作家たちの占領軍への接近という現象もみられました。
こうした風潮のなか、探偵小説を筆頭とする娯楽的な文芸作品に対する検閲のあり方は、むしろ寛大でしたが、皆無であったと言うことはできません。ただ、政治的な禁忌を理由としない場合、今日確認できる検閲の痕跡は、あまりにも恣意的かつ粗雑であることは指摘しておいてもよいかもしれません。
とはいうものの、現在メリーランド大学プランゲ文庫に所蔵された占領期雑誌資料には、大衆娯楽方面の資料に限定しても、国内に現存する資料だけでは確認できなかったいくつもの事実が存在し、ミステリ研究者としてこれを無視することはできません。
具体的な例をあげますと、それは占領下で発表された戦争怪談が、アメリカをはじめとした、かつての敵を正面から指弾できないため、死者の怨念が向かう先を軍閥に定めたり、あえて朧化したりするような傾向を示していた事実、あるいは、数少ない橘外男研究者の一人であった故山下武氏が遺した私家版「橘外男著作年譜」の空白部分を埋める資料の発見などに代表されるものです。



末國善己さん「山本周五郎の新発見資料について」
末國善己さんが、編著『山本周五郎探偵小説全集』の巻末に、存在は確認できたものの入手ができなかった雑誌の一覧を掲載したところ、読者から「少年少女譚海」1932年8月号の付録を所有しているとの連絡がありました。送っていただいた資料を確認したところ、全40ページの小冊子で、甲野信三、玉井徳太郎・挿絵『黄色毒矢事件』とあり、周五郎の創出したシリーズ探偵・春田龍介ものの一篇でした。
この作品は、外界との連絡路が橋一本しかない埋め立て地にある研究所で起こる連続殺人に春田龍介が挑むというクローズド・サークルでのフーダニットで、シリーズの中では最も本格ミステリーとしての完成度が高いものになっています。
デビュー当時の周五郎は、俵屋宗八、横西五郎、清水きよし、青江俊一郎など複数のペンネームを使って作品を発表していますが、甲野信三は未知の筆名でした。ここで問題になるのが、甲野信三=周五郎の図式が成立するかということです。
周五郎は『黄色毒矢事件』以前にも、同じ雑誌に複数の作品を発表する時には別名義を使用しています(例えば、1931年4月号の「少女世界」には、山本周五郎「うたえ西風」のほか、横西五郎「晴れる」、清水きよし「おぺこさん」の2作を発表しています)。1932年8月号の「少年少女譚海」本誌には、周五郎名義で『少年間諜X13号』を連載中(「少年少女譚海」1932年4月〜12月)であり、そのため付録を甲野信三名義で発表したことは十分にありえます。
また周五郎名義で発表しているシリーズ探偵が活躍していること、当時の周五郎が代作を頼むほど大物でなかったことなどを総合的に判断すると、甲野信三は周五郎の別名で間違いないと考えています。
周五郎の新たなペンネームが判明したので、ほかに甲野信三名義の作品がないかを調査したところ、『鉄甲魔人軍』(「少年少女譚海」1931年9月〜1932年5月)を発見。やはり春田龍介シリーズで、「和蘭陀」「白耳義」を滅ぼし、日本を目指すロボット軍団と春田龍介の戦いを描く冒険SFで、(物語としては独立していますが)『黄色毒矢事件』の前日譚にあたるものになっています。この時期、周五郎は『新宝島奇譚』(「少年少女譚海」1931年2月〜1932年1月)を連載していたため、甲野信三名義で『鉄甲魔人軍』を発表したと思われます。
山本周五郎探偵小説全集』第1巻の解説で、「恐らく春田龍介シリーズで未発見の作品は、『黄色毒矢事件』だけと思われる」と、末國さんはお書きなりましたが、新たな作品が発見されたので、この一文は訂正させていただきたいと述べています。